はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

迷子のヒナ 301 [迷子のヒナ]

愛があふれ過ぎて困っているヒナとジャスティンは、仲良く溶けたバターのように眠っていた。ジャスティンは忙しく長い一日のせいで、そしてヒナが腕のなかにいるという安堵感で、夢も見ないほどの深い眠りに落ちていた。

翌朝ホームズが慌てた様子で二人の寝室へ入って来たときも、ジャスティンは物音にも気配にも全く気付かず眠り続けていた。

「旦那様、お客様でございます」

その声に毛布からひょっこり顔を覗かせたのは、めずらしく寝坊してしまったヒナだ。「どうしたの?」と、あさっての方向を向いて尋ね、もぞもぞと上半身を起こして座った。

となりで眠るジャスティンが、からっぽになった腕をごぞごそと動かす。ヒナは目をしょぼしょぼさせながら、首の座らない赤子のように、もじゃもじゃ頭を揺らしている。

「おはようございます、お坊ちゃま」ホームズは礼儀正しく挨拶をし、キビキビとした足取りでベッドサイドまでやって来た。

それと同時に、ホームズが入って来たドアとは別の左右のドアから、ウェインとダンが着替えを持って現れた。

それを見たヒナは無意識のうちにベッドから抜け出し、ジャスティンを起こそうと、生まれたままの姿でジャスティンの上に乗った。

「ジュスッ!起きてぇ」

もちろんすぐさまジャスティンは飛び起きた。たいした重さのないヒナは、ベッド下に無残に転がり落ちた。

「いったい何事だ?」昨夜帰宅した時も同じ言葉を口にしたような気がしたジャスティンは、ホームズの姿を見て顔を顰めた。「いま何時だ?」ひとまず尋ねる。

ホームズはちらりとも時計を見ず「ただいま九時五分前でございます」と、淀みなく答えた。「グレゴリー様がいらっしゃっています」と、せっかく目の覚めたあるじに用件を伝えることも忘れなかった。

「レゴ?」

「くそっ!なんだってあいつが」ジャスティンは悪態を吐き、ベッドから飛び降りた。下に転がるヒナを危うく踏みつけそうになる。

ヒナはきゃっと小さな悲鳴をあげて、のそのそとベッドに戻った。

「おい、ダン!ヒナになにか着せろ。ウェイン、五分で支度を済ませろ!ホームズ、我が忌々しい兄が退屈しないようにあらゆる手を尽くしてくれ」

ホームズは承知いたしましたと告げるやいなや、すべるように部屋から出て行った。ダンはヒナを捕まえ、ウェインは五分で支度という無理な注文に応えるべく、厳しい顔つきでまずは洗面用の湯を運んできたチャーリーを部屋へ招き入れた。

チャーリーは火事場のような大騒ぎにたじたじだったが、ジャスティンはほんの数十秒前に目覚めたとは思えないほど俊敏な動きで、顔を洗い、ひげを剃り、着替えを済ませ、きっかり五分で階下へ駆けおりていった。

残されたヒナは、はやる気持ちを抑えつつ朝の苦行に挑んでいた。

ヒナも五分でお願いって言えばよかった、と思いながら。

つづく


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迷子のヒナ 302 [迷子のヒナ]

グレゴリーは弟が好きではない。

それは今も昔も変わらない事実だ。

けれども突如出現したヒナという緩衝材のおかげで、以前に比べると幾分ましになったのかもしれない。だからこそ、こうして絶対に足を踏み入れることなどないと思っていた弟の邸宅を、朝も早くから訪れているのだ。

それにしても、あの子には随分と調子を狂わされた。このわたしを『レゴ』などというふざけた名前で呼ぶのだから。これだけは何度思い返しても腹が立ってしようがない。

「グレゴリー様、コーヒーをお持ちいたしました」執事がうやうやしくカップを差し出した。

グレゴリーは「うむ」とうなずき、カップに手を伸ばした。どのような場面でも、感情を表に出してはいけない。たとえ、労働者と典型的な貴族(居候)と朝食を共にする羽目になったとしても。

うっかり朝食がまだだと口にしたが為に、ホームズに無理矢理食堂に追い立てられてしまった。長年バーンズ家に仕えていたホームズは、ジャスティンだけでなくグレゴリーの御し方も心得ている。

グレゴリーはむっつりとコーヒーを啜り、労働者とは思えない優雅な仕草でブリオッシュをかじるジェームズを横目で見た。この男のせいで来たくもない場所に来るはめになった。お父さんが気まぐれで助けた子供は申し分のない青年に成長し、いまやジャスティンの従僕などではなく、対等な立場でクラブを経営しているそうだ。

何が対等だ!何事も越えられない一線というものは存在する。この男と、その隣で隠れるようにしてブリオッシュにかじりついているパーシヴァル・クロフトが対等になりえないように。

「おはようございます、兄さん。いったい朝早くに何の用ですか?」黒髪をふわりと後方になびかせ、ジャスティンがせかせかと食堂へ入って来た。

グレゴリーは値踏みするようにジャスティンをねめつけた。兄に会うには完璧とは言い難い装いだが、朝食の席にはまずまずの恰好だ。グレゴリーとしては気にくわない所だが、余計な誰かさんを連れていないだけ情状酌量の余地があるというものだ。

グレゴリーは手の中の懐中時計で時間を確認し、「怠惰にも睡眠を貪っていようとは思わなかっただけだ」と、朝九時という時間は決して早くないということを強調した。

「昨夜は遅くまで仕事をしていたもので」ジャスティンは上座に座るグレゴリーの右隣、ジェームズの向かいに着席し、ホームズにさっと目配せをした。すぐさまコーヒーが運ばれてきて、ジャスティンはコーヒーをひとくち飲んでから「で、用件はなんです?」とふてぶてしく尋ねた。

よくも堂々と仕事をしているなど口に出来たものだ。父や兄が世間からなんと思われようが気にもしないという事か。

グレゴリーは苛立ちも怒りも微塵も見せず、厳めしい顔つきで威圧的に言った。「昨日お前がしでかした事についてだ」

「昨日!」

三人の男の声――驚きとやましさと毒づくような――が重なった。

「その話でしたら、書斎へ――」とジャスティンが言い掛けた時、風のように――いや、嵐のような騒々しさでヒナが駆け込んできた。

「レゴ~!ヒナもまぜて~!」

これには四人の男が同時に顔を顰めた。

つづく


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迷子のヒナ 303 [迷子のヒナ]

「おはようございます、レゴ。いらっしゃい、レゴ。ヒナもいっしょにごはん食べてもいいですか?レゴ?」

うっかり礼儀を失していたヒナは、あらためて丁寧にあいさつをし、尋ね、ジャスティンの隣に落ち着いた。

もちろんどんな返答が返ってこようとも、大好きな甘いパンとホットチョコレートの朝食にありつくつもりなのだが、この日の朝食には昨夜の残りの炊き込みご飯で焼きおにぎりが作ってあり、ヒナは大興奮で男たちに焼きおにぎりを配って回った。

パーシヴァル以外の男たちは泥だんごのような謎の物体に触れようともせず、パンやらベーコンやら、ソーセージやらパンやら、そしてまたベーコンを黙々と食し、中断された会話など気にする気配すらなかった。ヒナはぽろぽろとごはんつぶを散らかし、指でつまんでは口へ運んでいる。

唯一、気を揉んでいたのはジェームズ。自分の浅はかな行動がジャスティンを巻き込み、ひいてはランドル公爵まで巻き込んでしまった。自分を自由にしてくれた恩人の意に背き、恩を仇で返すような真似をしたのだから、グレゴリーがここへ乗り込んでくるのも当然のことだと、背中に冷や汗を垂らしていた。

「ニコは一緒じゃないの?ベンは?ライは?」ヒナは遠慮なく尋ねた。

グレゴリーはヒナの問いのほとんどを無視し、「ベネディクトは学校だ」とだけ告げた。

ヒナはうぇと顔を顰めた。「学校きらい」

「嫌いでも、行った方がいいのではないか?」とグレゴリー。段々と苛々が隠せなくなっているようで、指先をテーブルに打ちつけている。

「アダムス先生は優秀だからだいじょうぶ」決まり文句を口にするヒナ。

「そのとおりだ」とジャスティン。

グレゴリーは片眉を吊り上げたものの、いやに納得した様子で食事を再開した。おそらくヒナを上手く扱えるアダムスを優秀と判断したのだろう。

「今日はなにしに来たの?」ヒナは探るような目をグレゴリーに向けた。いきなりの訪問にようやく疑問が湧きあがったようだ。

だがジャスティンに似たその顔をあまりにもじっと見過ぎてしまったため、ヒナは突如、顔をポッと赤らめどぎまぎと俯いてしまった。

その様子にジャスティンが目の端を吊り上げたのは言うまでもない。この浮気者!と罵らんばかりの形相でヒナをひと睨みして兄に向き直った。

「話があるんでしたね?さっさと済ませましょう。書斎でいいですか?」ジャスティンはつっけんどんに言い、席を立った。

グレゴリーは弟が何に腹を立てているのか訝しがりながらも、当初の目的を果たすため、あとについて書斎へ向かった。

つづく


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迷子のヒナ 304 [迷子のヒナ]

男たちは聞き耳を立てていた。

めずらしく一致団結し、息を殺して書斎のわずかに開いたドアの隙間に耳を押し込んでいる。

うずくまっているヒナの耳が一番下で、しゃがみ込んでいるパーシヴァルの耳がその少し上。そして遥か頭上に立ったままのジェームズの尖った耳。

当事者としてジェームズは入室を申し入れたかったが、おそらくグレゴリーがそれを許さないと判断し、好奇心の塊の二人にならう事にした。

「ねえ、パーシー聞こえる?」ヒナがひそひそ声で言った。

「いや、まだ喋ってないからね」無言で睨みあっているだろう二人を想像しながら、パーシヴァルは囁いた。

ヒナはさっと中を覗いた。

書斎机の前に並ぶソファに向かい合って座る、ジャスティンとグレゴリーがかろうじて見えた。ほんの頭の先っちょだけ。

「カチカチ頭がレゴで、ふんわふんわがジュス?」

「えっ?」と言って、パーシヴァルも中を覗いた。“ふんわふんわ”の意味を確認し「そうだね」と小声で言った。ジャスティンの頭髪はいつものヒナのようにひどく乱れている。

「シッ!」ジェームズが鋭く息を吐いた。

一方、書斎の二人――

口火を切ったのはグレゴリー。

「よくあのような子と一緒に暮らせるな」

うんざりといった様子だ。

ジャスティンは片方の口の端をきゅっと上げ、にやりとした。

「退屈しませんよ」

「だろうな」

グレゴリーは応じた。

「それで、昨日のことで兄さんが何の用ですか?」と、ジャスティン。

グレゴリーは不快感もあらわに鼻を鳴らした。

「まさか、誰にも迷惑をかけていないなどと思っているわけではないだろうな?すでに噂は広まっているんだぞ」

それこそジャスティンが望んだことで、父親であるランドル公爵も承知の上、息子に協力したのだ。

とにかくブルーアー夫人からジェームズを守ることが最優先だった。もしも夫人が、かつてのようにジェームズを辱めることがあれば、それ以上の辱めが待っているとにおわせ、威嚇した。義理の息子となったブライスが目に余る行為に及べば同じく。

細かな話は、ランドル公爵とブルーアー夫人とで行われたようだが、ジャスティンも内容については知らなかった。

ただ、ジェームズの為に一肌脱いでほしいと頼み込んだだけで、すべてを手配したのは父なのだから。

「父さんがすべて仕組んだことだ。こっちは相応の見返りを差し出したんだから、文句を言われる筋合いはない」

「見返り?お前に差し出すものなどあるのか?」グレゴリーは嘲った。

「クラブを差し出した」ジャスティンは憤然と言った。父親の力を借りる代わりに、以前から反対されていたクラブ経営から身を引くことを約束したのだ。それはジャスティンの持ちうるもので、ヒナの次に大事なものだった。

結果としては、クラブよりもジェームズの方が大事だったという事になるのだが。

「馬鹿が。それで済むと思ったのか?」グレゴリーが吐き捨てた。どうやら事の顛末を知っていての訪問らしい。

ジャスティンは虚を突かれた。「どういう意味だ?」

「お父さんはお前自身を差し出すように要求している」

なおもぽかんとするジャスティンに向かって、グレゴリーはぴしゃりと言った。「結婚しろ、ジャスティン」

つづく


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迷子のヒナ 305 [迷子のヒナ]

「どうしてそんな勝手なことを!」

「やだやだ!ジュスはヒナと結婚するんだー!」

「ああ、ヒナ、ジャスティンと結婚は無理だよ」

男たちがどやどやと書斎に乱入してきた。各々好き勝手なことを捲し立てながら。

バーンズ兄弟は突然のことに目を丸くしている。それもそのはず、プライベートな話の最中に乱入されたことなど皆無だ。

ジェームズはソファに深く腰掛けているジャスティンに向かって、大げさな身振りで訴えた。「クラブを手放すなんてどうかしているっ!僕はどうなったって構わない。いまからでも撤回するべきだ」

さらにその横に立ったパーシヴァルが敵意むき出しで吠える。「僕がかまう!ジェームズは誰にも触れさせないからな!」

最後にパーシヴァルの横に立ったヒナが、グレゴリーに向かって「レゴのバカバカー!」と、ぽかぽかこぶしを振りまわした。

ジャスティンとグレゴリーは一瞬だけお互いに視線を交わした。それから二人の前に整列する三人の男の懇願と要求、怒りと恨み言になんと答えていいのか分からないまま、しばらく好きなだけあれこれ言わせておいた。

あっけにとられていた兄弟のうち、先に立ち直ったのはジャスティン。

「立ち聞きとは感心しないな。ジェームズ、約束は約束だ。今更撤回は出来ない。パーシヴァル、お前は口を閉じていろ。ヒナ、いい子にしていないと一緒にいられなくなるぞ」

ヒナをおとなしくさせるためとはいえ、最低の脅し文句だった。冗談でも嘘でも、ジャスティンだけは口にしてはいけない言葉だ。

もちろんジャスティンに悪意はなく、グレゴリーに二人の関係を知られまいとするための方便だったのだが、自分がヒナの父親役だという事をすっかり忘れていたのが災いした。

ヒナはショックで蒼ざめ、よろめいてパーシヴァルに縋った。口をへの字に曲げ、泣くまいと堪えていたが、大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ち、とうとうわんわん泣きだした。

「子供にそんな事を言う親があるか?この子はこの国でひとりぼっちだとかなんとか言っていたのはお前だろう」信じられないと、グレゴリーは首を振った。

ジャスティンは二児の親としてのグレゴリーの反感を買ったようだ。

「よしよしヒナ。部屋へ戻ろう」パーシヴァルはヒナの肩を抱き、たっぷりとジャスティンを睨みつけてから、戸口に誘った。

「パーシヴァル、ヒナを頼むよ」と、ジェームズ。

パーシヴァルにヒナを頼むなど、よほどジャスティンに腹を立てているようだ。

「ヒナ、悪かった。おいで」

その場の全員を敵にまわし、すっかり血の気の引いたジャスティンがヒナに優しく声を掛けるが、ヒナは呆然自失の態で、パーシヴァルと共に廊下の向こうに消えた。

「話は終わった。わたしは帰る」そう宣言して、グレゴリーは逃げ出した。

残ったジェームズが小さく溜息を吐く。ジャスティンが何もかも一人で決めてしまうのはいつものことだ。わかってはいても、今回のことは納得できなかった。

つづく


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迷子のヒナ 306 [迷子のヒナ]

くすん。くすん。

部屋へ戻って五分ほど、パーシヴァルがなだめすかして、ヒナはやっとわんわん泣くのをやめた。鼻をすすり、すすりきれなかった鼻水はパーシヴァルの差し出した清潔なシルクのハンカチにこすりつけられた。

パーシヴァルは、午後にでも早速新しいハンカチを買いに出掛けようと、密かに思った。

「ヒナ、ジャスティンはああ言うしかなかったんだよ」再度言い含めるように、パーシヴァルはベッドの端に腰掛けるヒナのくしゃくしゃ頭を、ぽふぽふとたたいた。それからきゅっと肩を抱いて、気付かれないように、ふっと息を吐いた。

最初こそジャスティンに腹を立てていたが、どう考えてもあれがヒナを守る最善のひと言であったと認めざるを得なかった。

ヒナはあろうことか、ジャスティンと結婚すると宣言したのだ。小さな女の子が『パパと結婚するー!』と言うのとはわけが違う。ヒナはこう見えてももう十五歳だし、男の子だし、もちろん結婚の意味も知っている。

あのグレゴリーが勘違いしてくれて、本当によかった。さもなければ、ヒナはどんなに泣きわめこうが、ジャスティンから引き離されていただろうから。だって、ひとたび二人の関係に気付いてしまえば、同じ寝室で夜な夜な何をしているのか想像するのは容易いから。

「ジュスは結婚するの?だからヒナと一緒にいられなくなるの?」

ヒナもジャスティンの言葉の意味を正確に理解していないようだ。グレゴリーがジャスティンに結婚しろと迫った事と、ジャスティンが一緒にいられなくなるとヒナ言った事とは、まったく別の次元の問題だ。だがヒナにとっては同じことなのだろう。

「グレゴリーがそう言っただけで、ジャスティンはするとも何とも言っていないよ」おそらくはせざるを得ない状況に追い込まれるだろうが。「なあヒナ、ジャスティンに二人の関係は秘密だとか言われなかったか?知られたら、みんなが引き離そうとするからって」

ヒナはハッとし、大きく頷いた。

「ここでは誰に知られても問題ないけど、一歩外へ出るとそうはいかないよ。だから外からこの屋敷に来た人には気を付けなければいけないんだ」パーシヴァルは真面目な顔で、説教じみた口調で言った。まるで自分に言い聞かせているようだ。

「パーシーはいいの?」ヒナは充血した目でこちらを見上げて言った。

パーシヴァルは部外者扱いされて落ち込んだ。それともジェームズとのあれこれの事を言っているのだろうか?

「ぼ、僕はいいんだ。理解ある大人だから」

「そうなの?」

「そうさ。それに僕はヒナのおじさんだ。ジャスティンと引き離したりするものか」と言って、後ろめたい気持ちになった。自分もヒナの後継人という立場を利用して、つい最近二人の仲を引き裂いてやると脅したりしたような気がする。いや、気のせいだ。そうに決まっている。僕が大事な甥っ子の悲しむような真似をするはずがないではないか。

「ヒナだって、パーシーとジャムが仲良くするの邪魔したりしない」

「おお!ヒナ。良い心がけだ」パーシヴァルはついうっかり、ヒナの頭をくしゃくしゃとしてしまった。もともとくしゃくしゃだったため、もれなく指が絡まり、身動き取れなくなってしまった。

困ったパーシヴァルはヒナに呼び鈴を鳴らすように言い、ヒナの頭に埋もれる繊細な指たちの救出を、真っ先にやって来たダンに任せる事にした。

ダンはそれ見た事かと「だからヘアキャップは大事なんですよ」ときつい口調で言った。

つづく


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迷子のヒナ 307 [迷子のヒナ]

あのやろう!逃げやがって!

ジャスティンは毒づいた。

なにが、話は終わった、だ!明らかに話途中だったではないか。ヒナのご機嫌を損ねただけで、ああもそそくさと逃げ帰る事はないだろう?

しかもなんとも面倒な置き土産を残して。

結婚しろ、か……。

つい最近、ニコラにも言われたような気がするが、まだ結婚を考える歳でもないし、そもそも結婚などするつもりはない。それはグレゴリーも知っているし、両親にもそう意思表示している。

それを知っていてわざわざグレゴリーを使いに寄こしたという事は――

くそっ!相手は誰だ?

「説明、してくれるんだろうね?」

ジェームズの冷ややかな声に、ジャスティンはもう一人機嫌を損ねていた人物がいたことを思い出した。

無表情の顏にわずかに怒気を含ませたジェームズは、直立不動で、話をつけるまでは、てこでも動かないといった姿勢だ。

ジャスティンは、束の間その存在を忘れていた立ったままのジェームズに、座るように促した。頭上から責められるのだけはごめんだ。思い出したくもない、子供時分を思い出してしまうから。

ジェームズは顎をツンと上げ、さっきまでグレゴリーが座っていた場所に腰をおろした。

「前から考えていた事だ。今回の事がなくても、経営からは退くつもりだった」あれこれ言うつもりはなかった。これが結論だ。

「へえ、相談くらいしてくれてもよかったんじゃないのか?てっきり僕は共同経営者だと思っていたけど」腹立ちを隠しきれない嫌味がジェームズの口を衝く。「ああ、そうだった。僕は金を出していない」

「ジェームズ。相談しなかったのは悪かったと思っている……けど、事は急だった」責めるつもりは微塵もないが、ジェームズが事を急かしたのは言うまでもない。もとはといえば、パーシヴァルが悪いのだが、いまはそのことに触れない方がいいだろう。

これ以上問題を複雑にする必要はない。が、発端となったのが誰で、事を大きくしたのが誰なのか、ジェームズは痛いほど分かっていた。

「いや……考えなしだったのは僕の方だ」そう言って、ジェームズは肩を落とした。「ブルーアー家との繋がりはブライスにとってはなくてはならないものだ。その鍵を僕が握っているとあの男に知らしめたかった。パーシヴァルに手出しさせないために」

ジェームズは気付いているのだろうか?自分がどれだけのものを犠牲にしてパーシヴァルを救おうとしたのかということを。ひいては、それと同等の想いがパーシヴァルに注がれているという事を。

「おかげで俺は父さんにこっぴどく叱られた。高い代償も支払う羽目になった。むろん、代償はひとつで充分だ。結婚などとんでもない」

ジャスティンは自分を鼓舞するように言ったが、ジェームズは懐疑的な顔つきだ。

確かに、縁談をまとめようとする両親の呪縛から逃れるのは容易い事ではないだろう。

さて、じっくりと作戦を練ろうではないか。

つづく


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迷子のヒナ 308 [迷子のヒナ]

「譲る?」

随分とまぬけな声が出てしまった。だが、それも仕方のない話だ。

なぜならば、ジャスティンがたったいま、クラブのすべてを譲ると言ったのだから。経営権のみならず、スティーニー館まるごと僕のものになるらしい。

そんな馬鹿な事があってたまるか。

ジェームズはこめかみを揉みしだき、大きく息をついた。

「経営は僕に任せてくれたらいい。なにもすべてを放棄する事はないだろう?」

いまでもジェームズが経営のほとんどを担っている。だからジャスティンが経営から手を引いても、とりあえずはこれまでと変わらずクラブを維持していける。

「中途半端をランドル公爵ともあろうお方が許すと思うか?」

ジャスティンは皮肉めいた笑みを浮かべ、ジェームズの提案を退けた。

「茶化しているのか?」ジェームズは皮肉で応酬した。

「いいや」

ジャスティンは少し疲れた表情をしているが、真面目そのものだ。

ジェームズは途方に暮れた。クラブを引き受けることなどなんでもない。このクラブは……スティーニークラブは――

ジャスティンが突如ふっと笑みを零した。おそらくジェームズの考えを読み取ったのだろう。

「アンソニーの発案だったな」と穏やかに言った。それから、遠い場所にいるアンソニー・クレイヴンを想ってか、ぼんやりと付け加える。「恋人たちが自由に過ごせる場所――だったか?アンソニーの考えは」

「そうだった。でも、ずいぶんと違うものになってしまったような気がするけど」

「まったくだ。客の要望に応えていたらとんでもないことになった。アンソニーが自分の発案したクラブをいまその目で見ることができたら、きっと俺は殴り倒されていただろうな」
一度もその目で見ることがなくて幸いだと言わんばかりだが、実際その通りだ。アンソニーは穢れを知らない乙女のような人物だった。年上で兄貴ぶってはいたけど、いつもジャスティンに甘え、依存していた。

「これでも始めた頃に比べたら、ずいぶんと上品になったと思うが?あの頃は、あまりに退廃的過ぎた」ジェームズは過去を懐かしんだ。

ジャスティンが苦笑した。

一時、スティーニー館は紳士の集う場所というよりも、低俗な娼館のようになっていた時期があった。クラブの従業員と客との関係も制限していなかった。そのせいでクラブを潰しかねない事件が起こり、当事者のエヴァンが顔に醜い傷を負うことになった。

その際スキャンダルを揉み消したのが、誰であろうランドル公爵、ジャスティンの父なのだから不思議だ。

それから間もなくして、アンソニーはこの世からいなくなり、代わりにヒナが現れた。

まるで亡くなったアンソニーが、お前にだけはジャスティンを渡さないと遣わしたかのような、見事なタイミングだった。

「いまでもあまり上品とは言えない。まあ、パーシヴァルがいなくなって少しはアンソニーの目指したクラブには近づくだろうがな」

そう言ったジャスティンは、あまり紳士的なクラブの姿を望んではいないようだった。
ヒナのために仕方なくといった印象を抱いたのは、僕の気のせいだろうか?

つづく


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迷子のヒナ 309 [迷子のヒナ]

じわじわとしか進まない恋ではあったが、パーシヴァルは概ね満足していた。

ひとつ屋根の下、キスどまりの関係とはいえ、ほとんど恋人のようなものだ。

たとえ相手がそうは思っていなかったとしても。

パーシヴァルはヒナの昼寝用のベッドに転がり、もどかしさに溜息を吐いた。泣くだけ泣いて落ち着いたヒナは、案の定お腹が空いたらしく、おやつを求めてキッチンへ行ってしまった。いつも思うが、シモンはいったいいつ休憩を取っているのだろうか?

ああ、それにしても、忌々しいことこの上ない。

ジェームズは好きだのなんだの、愛情を示す言葉をまったく口にしてくれない。時折、気まぐれにキスをしてくるだけだ。

昨夜だって、結局キスだけで終わった。ちょっとくらい、僕の愛らしい薄ピンク色の乳首をつまんだり、ひっぱったり、ねじあげたりして欲しいものだ。

やはりまだジャスティンを想っているのだろうか?だからキス以上は許されないのか?

「ああっ!くそっ」パーシヴァルは頭をぐしゃぐしゃとやり、両手で顔を覆い隠した。ひと息ついて、胸の上で祈るように手を組み合わせる。トクン、トクン、と規則的な鼓動が聞こえる。苛立っている場合ではない。

ジェームズの心がどこにあるか、承知で好きになったのだ。気長に待つしかない。それも恋の楽しみのひとつというものだ。

いや、いや!待っている間に、ここを追い出されてしまうではないかっ!

いっそのこと屋敷を売り払ってしまおうか?帰る家がなければ、さすがのジェームズも追い出せないはずだ。雇うはずの使用人だって、ここにいるんだ。僕がここにいたってなんらおかしくはない。

パーシヴァルは寝心地のいいヒナのベッドに別れを告げ、結婚間近のジャスティンの元へ向かった。午後の外出にヒナを連れて出る許可をもらうためだ。

どうせジャスティンの事だ、結婚を阻止しようと躍起になっていて、ヒナをほったらかしにするに違いない。ヒナのお守をしてあげるんだから、ちょっとは感謝して欲しいものだ。

まあでも、ずいぶんと面白い展開になったものだ。――が、笑っていられないのが現状だ。

ジェームズをブルーアー夫人に会わせたからと言って、これまで息子が築いてきたすべてを奪うのだから、ジャスティンの親父の恐ろしい事ったらない。ジェームズが進んで夫人に会いに行ったと知れたら、元凶がジャスティンではなく僕だとばれたら、いったい僕らみなどうなってしまうのだろうか?

考えるだに恐ろしいから、とりあえずは午後のお楽しみのことだけ考えよう。

ヒナとどこでお茶をしようかな~。

つづく


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迷子のヒナ 310 [迷子のヒナ]

ジャスティンは、父親に対抗する手段をひねりだしていた。ほとんど無駄な抵抗ではあるが、結婚を阻止するだけの知恵はある。父親の権限をもってしても、無理矢理誓いの場に引きずって行くことは出来ない。

「ひとつ、派手にやるか」ジャスティンは目を輝かせ、手の平に拳を打ちつけた。

タダで大切なものを手放すと思ったら大間違いだ。それを父も兄も、よく知るべきだ。

「何をやるって?」ジェームズが尋ねた。そうそう名案が見つかるとは思えないといった、懐疑的な顔つきだ。

「パーティーだ。紳士諸君には仮面をつけてもらう。それからレディではない女性を、館に招く」つまりは娼婦。

「彼らは仮面は喜んでつけるだろうけど、女性が侵入するのは喜ばないと思うけど」

「心配するな、女性たちはパーティーに参加しない。以前使っていた手だ」

「以前……ああ、あれね」ジェームズはくすりと笑った。

客たちの性的嗜好の目くらましの為に、娼婦を裏口から招き入れていた時期があった。こっそりを装い、いたって堂々と、素早く噂が広まるように。既婚者にはこの手のくだらない策が案外役に立っていたものだ。

「けど今回は堂々と正面玄関から入ってもらう。そしてこっそりと裏口からお帰りいただく。その後は、いつものように客たちの好きにすればいいさ。全館自由な場所で好き勝手に振る舞うことを許そう。クラブ始まって以来の、不道徳極まりない伝説的な一夜にする」

ジャスティンは大袈裟に両手を広げ言い切った。自然と言葉に力がこもるのも当然だ。自分の評判を落とすことが出来たなら――もともといい評判などありはしないのだが――、易々と結婚を回避できるのだから。

「それで、君は不埒な催しを開催してしまうような公爵家の次男として、世間を賑わせるわけだ」

不意の訳知り声に、ジャスティンは戸口に顔を向けた。

くそっ!パーシヴァルか。面倒なやつが現れた。

「ヒナはどうしてる?」それでも咄嗟に尋ねてしまう自分があまりに愚かしい。

「キッチンでシモンとイチャイチャしているさ」パーシヴァルはヒナの所在を簡潔に述べ、無理矢理話に割って入るべく、ジェームズの顔を存分に楽しめる場所に腰を落ち着けた。「噂が広まれば、どこの親も大事な娘を君に嫁がせようなどとは思わない――そういう作戦だろう?」そう言って、得意げに微笑んだ。

「イチャイチャだと?」思わず眉をつり上げたが、ヒナが戯れているのはシモンではなく甘~いお菓子だ。

「よかったら、ジャスティン。――協力するよ」パーシヴァルは気持ちの悪いほどの満面の笑みで、この不道徳極まりない会の主役を買って出た。

パーシヴァルの申し出に、即座に反応したのがジェームズだ。キッと節操のない居候を睨みつけ、ぴしゃりと言う。

「ダメです。あなたはもう会員じゃない」

いつものように冷ややかな口調だが、そこには僅かに動揺が見られた。随分と面白い展開になってきたと、ジャスティンは密かに思った。ついさきほど、パーシヴァルも同じような事を思っていたとは、つゆほども思わず。

「ふんっ!会員の同伴者なら参加は許されるんだろう?こういうイベントは久しぶりだ。わくわくする」

もはや作り笑いすら浮かべる余裕のないパーシヴァルは、ジェームズに対して好戦的な構えを見せている。

この二人、何かがあったようだが――むしろ何もないのか――それはジャスティンには関係のない事。

だから、「特別に参加を許可する」と、あっさり言ってしまうのだった。

つづく


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